香津美〜?いつまで起きてるの!早く寝なさ〜い!!」
「はぁーい!今寝るとこ〜!」
下の階から響く母親の声に香津美はうざったそうに答えた。
「ま〜ったく、まだ10時じゃない。明日だって日曜でしょうに…」
ブツブツとボヤきながら、お気に入りのバンドのCDが入ったプレイヤーを停止させ
る。
ふう…とため息をついて床に就こうとすると、帰り道で古本屋で見つけてきた古書が
目に入った。
「そういえばこれ、表紙のデザインが気に入って買ったんだっけ?」
本を手に取ると、表紙をあらためて見た。
題名は無く、複雑な紋章の中央に鉄製の扉。それがまるで浮き出るように描かれてい
た。
「静かにしてれば平気よね?」
部屋の電気を消してベッドに転がり込む。
スタンドの電気をつけ、うつ伏せに転がりながらページをめくる。
前書きも目次も無い、そこには繊細なタッチの鉛筆画が描かれていた。
石造りの鉄格子、数々の拷問具、奇妙な紋章…
オレンジの明かりがより不可思議な雰囲気を出していた。
そして何より目を引いたのが不気味な顔をした悪魔である。
苦悶とも怒りとも嘲笑ともとれる表情。
香津美は自然とその描写に惹かれていくと同時に妙な倦怠感が頭の奥から涌いてき
て……
『ハァ…ハァ……』
脳裏に響く荒い息遣いに香津美はゆっくりと瞳を開けた。
ここは…………?
薄暗く湿気とカビ臭にまみれた石造りの牢獄…気づいたら『ここ』にいた。
ここが何処なのか、何故こんなところにいるのか…一切が思い出せない。
ジャラッ……!
(これは……?)
両手首に繋がれた鎖。それは石造りの壁にしっかりと固定されていた。
今、自分がおかれている状況を把握できずに混乱していると…
「あら………お目覚め?」
その声にハッと顔を上げる。
艶っぽい声の主はすぐ目の前に立っていた。
長身で均整の取れた体型、露出度の高い衣装、長くウェーブのかかった髪…
ただ、どこか人間離れした雰囲気を漂わせている。
その元凶は彼女の腹部にあった。
奇怪な紋章が刻まれていて、異常なまでにヘソの穴が大きいのである。
ひしめき合うような肉片には濡れたように艶があり…卑猥にすら感じる。
「誰?って顔してるわね。アタシが誰か…そんなことは知る必要はないわ」
異形の女はゆっくりと歩み寄ってきた。
カチャリッ!
突然、手首の枷が自然に外れて香津美の身体は手前に崩れ落ちる。
「…時は満ちたわ。贄よ、祭壇へ…」
その声に反応するかのように私は立ち上がる。
(ダメッ!)
もし彼女について行ってしまったら…二度と取り返しのつかない、自分の勘がそんな
警鐘を鳴らしていた。
それが分かっているのに、身体が勝手に…
フラフラとおぼつかない足取りで暗く長い廊下を歩いていった。
まるで絞首刑に処せられる死刑囚のように…
「さあ、この扉の向こうにアナタの仕えるべき主人がおいでよ。」
錆付いた巨大な鉄の扉の前でローブの女は言った。
この扉をくぐったら、私が私でなくなるような…香津美はそんな不安と恐怖で押しつ
ぶされそうだった。
「何も心配することはないわ。これからアナタを待ってるのは、人間では味わえない
ほどの快楽…」
ニヤリと不適な笑みを浮かべながら扉の窪みに手をかざす。
ゴゥ……ン……
重厚な音を響かせて扉が開いた。
そこに広がる光景…無数の蝋燭に囲まれるように鎮座する禍々しい装飾が施された寝
台、そして天井には寝台を見据えるように魔神の顔の偶像が…
「何よ……コレ……」
「処刑台よ」
「なっ?!」
「フフ…半分は冗談。でもアナタには人間を辞めてもらう事になるわ」
私は彼女の言っている意味を理解できなかった。そう、この時は…
その時、部屋の反対から扉の開く音が聞こえた。
部屋の中央に歩みより蝋燭に照らされる二人の姿。
一人は私の側の娘と同じ格好の異形の者、そしてもう一人は…
「…お姉ちゃん?」
「み…美雪?」
まぎれもない、妹の姿であった。
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